contents
introduction
「どんな先生のもとで働くのか」は、就職先を考える際に
気になるポイントの1つです。
このページでは、院長のこれまでの歩みや日々の仕事で
大切にしている想いなどをご紹介します。
プロフィールを通じて、
院長の人柄を少しでも身近に
感じていただければ嬉しいです。
ここで働く毎日をイメージするヒントにしてみてください。
profile
院長プロフィール
名前佐藤 聖子(さとう せいこ)
生年月日1972年5月5日
出身地札幌市
出身大学日本歯科大学
好きなものお花、綺麗な海、珊瑚礁
苦手なもの虫、モサモサした食感の食べ物
最近のマイブーム神社の御朱印集め、韓国ドラマ、北海道日本ハムファイターズの応援、リンゴ酢入りのトマトジュース
休日の過ごし方犬の散歩、友人と食事、買い物や旅行、部屋の掃除
長所明るくて元気
短所自己主張が得意ではなく、言いたいことを我慢してしまうところ
院長ってどんな人?
ご自身の性格を一言で表すと?
「明るくて気が強いけれど、人に合わせるタイプ」です。
学生時代の友人はわりと個性がはっきりしている人が多かったのですが、不思議と大きくぶつかることはなく、穏やかな関係を続けていたように思います。
幼少期は泣き虫な一面もありましたが、小学校高学年あたりから少しずつ自分に自信が持てるようになりました。周りの人と心地よい関係を築けることが今の自分のベースになっています。
周囲からはどんな性格だと言われますか?
「悩みや苦労がなくて、いつも楽しそう」と言われることが多いです。
過去に1人で診療を切り盛りして大変な時期がありましたが、そのことを後から周囲に話すと「全然気づかなかった」「悩みなんてないように見えた」と驚かれました。
「お嬢さまっぽくて、苦労していないように見える」と言われることもあります。
実はあまり知られていない一面はありますか?
お酒が強そうに見られることが多いですが、実はかなり弱いです。
アルコール綿で拭くと真っ赤になりますし、カシスソーダを1〜2時間かけて飲むほどです。
また、腕を使うスポーツが苦手。学生時代のボール投げでは11メートルしか飛びませんでした。そのわりに腕は人並外れて長く、服の袖がいつも短くなってしまうのが少し悩みです。
今の私の関心ごと
やはり仕事のことを考える時間が一番多いのですが、家でのんびり韓国ドラマを観たり、北海道日本ハムファイターズの試合結果をチェックしたりする時間が良いリフレッシュになっています。
おしゃれや買い物を楽しむ時間も大切にしながら、毎日を前向きに過ごせるように自分なりのバランスを整えています。
history
院長ヒストリー
幼少期〜小学生時代歯科医師の家系で育った幼少期
祖父も父も歯科医師という、3代続く歯科医師の家系に生まれました。体育会系でアクティブな父の影響もあり、周囲からは「きっと男の子が生まれる」と期待されていたそうです。
そんな中、5月5日に私が誕生しました。母が一生懸命考えてくれた名前のエピソードは今でも親戚の集まりでよく話題にのぼり、印象に残っています。
子どもの頃は、勉強を頑張ることで親の期待に応えようとする健気な一面もありました。振り返ると、その時の経験が今の私の「粘り強さ」の原点になっていると感じています。
中高生時代進路に悩み、自分と向き合った思春期
弟の海外留学をきっかけに、将来について真剣に考えるようになりました。
私は本を読むことや絵を描くこと、文章を書くことが好きで、実は文系科目が得意。しかし進路については家族の考えもあり、理系へ進むことになりました。
当時は両親に対する反発心が強く、十分に納得できないまま選んだ道でした。それでも「自分はどう生きたいのか」を必死に悩み抜いた時間は、今の私を支える土台となっています。
歯学部〜研修医・勤務医時代仕事もプライベートも充実した日々
紆余曲折を経て歯科大学、そして大学院へと進み、博士号を取得しました。
大学院時代は精神的にきつい時期もあり、フラワーアレンジメントを習ったり、泳げないのにダイビングを始めたりと、必死に気分転換をしていたのを覚えています。
勤務医時代は東京で過ごし、仕事にも恵まれプライベートでは友人と旅行や外食を楽しむなど、充実した日々を送っていました。当時は札幌に戻ることは全く考えておらず、親元を離れた自由な環境が精神的にも楽でした。
札幌に帰郷~開業まで戻る決断と「独立」という選択
「お父さんの年齢も考えて、帰ってきてほしい」と母に言われ、札幌に戻ることを決めました。東京での生活は自由で楽しかったので、正直なところ戻ることに迷いがなかったわけではありません。
戻ってすぐに父のクリニックで働き始めましたが、治療方針や価値観がどうしても合わず、心身ともに負担が大きくなっていきました。結果として「一緒に仕事をしないほうがいい」という結論に至り、開業に至ったわけです。
開業当初は、とにかく準備と立ち上げに集中する日々でした。ユニットは4台からスタートし、いつか1台増やしたいと考え、最初から空き部屋を1つ用意していました。
開業後〜現在変化の中でも、変わらずに大切にしていること
開業当初は最初にペリオのコントロールを行い、歯肉の状態を改善してから治療を進めるスタイルを大切にしていました。
その後、日々の診療を重ねる中で、すべての患者様に同じ検査を行うことの難しさや、パントモの利便性などを踏まえ、運用を少しずつ見直してきました。現在は唾液検査は希望者のみ、レントゲンはパントモを中心に行っています。
ただ、「治療を始める前にお口の環境を整える」という基本的な考え方は、今も昔も変わっていません。アプローチの方法は変わっても「生涯の健康維持に貢献する歯科医院でありたい」という思いを大切に、日々診療に向き合っています。
